地方にゲーセンがないとイカんと思うわけなんだ

2022年5月13日業務日誌業務日誌

 

オヤカタが小さいころは近所にゲーセンがたくさんあった。

いま思えば本当に恵まれていたと思う。

個人の本屋さん、駄菓子屋さん、時代の流れといえばそれまでだけれど、

画一化されてないものがたくさんあってね。

 

大きいところの形式になってないからダメ、みたいな考えは、いまより弱かったろう。

 

ゲーム攻略だってそうじゃないかな。

有名プレイヤーがこうしているから、こうじゃないとダメ、みたいなね。

自分で検証しない、試してみない文化が定着しちゃうと

むしろ発展が遅れる部分もあると思うし、

トライアンドエラーっていうヤツ? やってみないとおもしろさも悔しさも味わえない。

ゲームから得られる栄養の結構な部分を捨てちゃうことになるんじゃないかって。

そりゃもったいないよ。

無意味なものや無駄を排除しようとして、本当に必要なものも排除しちゃってさ。

全部なくなる虚無な状態にしちまってる。

それこそ「まるごと無駄」じゃないか。

効率化って簡単じゃないんだ。

無駄に見えるものを捨てちゃうと、とんでもないことになる。

オオカミを減らした結果、シカが増えて森が消えるみたいなね。

予想だにしない結果を産みかねない。

 

地方のゲーセン要らない論、もっと整理されるべき論は、

正解と決まった論ではない「かもしれない」ってことだな。

そう。かもしれないってだけなんだ。どちらが正解かはまだまだわからない。

 

でも、オヤカタは地方ゲーセンを復興させたい

 

 

自然に淘汰されたんだから、消えて行くべき運命なのかもしれない。

でもね、先述のとおり、オヤカタは地方で身近に遊べる場所がないと、

ゲーセン文化は早晩消滅しちまうと思うわけなんだよ。

供給元が断たれるからね。

 

そうなると、都会のゲーセンが、ということじゃなく、

ゲーセンやゲーム文化が吹き飛ぶかもしれない。

 

どんどん効率的で親切、時間も場所も手間もいらなくなっていく傾向だから、

いよいよゲームをすることのストレスすらうっとうしいと思う時代がきて、

それで終わっちまうかもしんねえなって。

 

ゲームってさ、勝った負けた、スコアが上がった下がったもあるけれど、

知り合いや友人と同じ場所や時間を共有したから楽しかった部分も

あったはずなんだよ。

 

そういう思い出が骨の髄まで達してさ。

病膏肓に至るっつーんだけど、治療不可能なくらい染み着いちゃってね。

それでやめられなくなるわけだ。

 

そういうどうしようもないおもしろさ、30年、40年と付き合える楽しさって、

おもしろい、悔しい、悲しい、みたいな心が揺さぶられるからこそ

起こるものだと思う。

そのためには、やっぱり時間と場所を共有する空間が必要なんだ。

 

同じ時代を生きていたって、場所を共有していないと一体感ってないだろう?

同窓生とか、同じ県の出身だとか、人間って空間的区切りで

ひとつになる部分があるらしいからさ。

 

だから、そういう場所を維持し続けていきたいと思っててね。

将来もっともっと筐体やゲーム基板が故障の危機を迎えたり、

ゲーセン環境が乏しくなることを見据えて、

修理工房&博物館的なリバース1.5号店をやろうと思ってるんだ。

 

開業以来リバースは赤字だけれど、仕事をがんばって借金を返してね。

また少し(1000万円超)借り入れられそうだから、

開業前より借金増えちゃうんだけど、やろうかなって。

 

そのためにクラウドファンディングをやったらどうかだとか、

Ci-enの有料記事をもっと書いてはどうかとか、チャリティーグッズをやれとか……。

いろいろアドバイスをいただいているんだ。

クラウドファンディングは返礼品が難しくって、

どういうものが世間一般にあるんだろ? と悩んでいるところなんだけれど、

とにもかくにも、リバースは地方からゲーセン文化

(こうかくと偉そうでなんか小っ恥ずかしいけど)を

元気にしていくために、できる範囲のことはなんだってしていこうと思う。

 

応援よろしくお願いします!!